三連ネックレスとJ・K・オナシス


「ジャクリーン・ケネディ・オナシス」この名前、聞き覚えありますか?ケネディ?
そう1961年に第35代アメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディの最愛の妻であり1961年から1963年の間、アメリカ史上最年少のファーストレディになりました。
ジャクリーンはファーストレディーにふさわしくオートクチュールの洋服を好んで身に纏いましたが、主にフランスのオートクチュールが多く、アメリカ人デザイナーへの背信行為だという声もありました。
しかし、その声にも耳を傾けたオナシスはアメリカ人デザイナーにフランスで流行しているデザインのドレスなどを作るなどして批判の目をかわすなどのエピソードを持っていました。
その後、1963年に夫であるJ・F・ケネディは暗殺され、暗殺時トランク後部に飛び散った夫(J・F・ケネディ)の後頭部の一部を拾い、パークランド病院の医師に手渡すなど、ケネディ暗殺後のジャクリーンの勇気は世界中の賞賛を浴びながら、残された二人の子供とともに気丈に夫の埋葬に臨む姿は多くの人々の涙を呼びました。
真珠で2秒♪ワンランク上のあなたへ-ジャクリーン・ケネディ・オナシス真珠で2秒♪ワンランク上のあなたへ-ジャクリーン・ケネディ・オナシス2
(↑撮影:Toni Frissell
(←参照ブログ:夫婦で楽しむナチュラルスローライフ
再婚を果たしていた、5年後の1968年に義弟ロバート・ケネディの暗殺などがあり、非業の死を遂げたケネディ家の運命が残された二人の子供達に影響するのを恐れたジャクリーンは再婚を機にアメリカを離れました。
しかし、後年ジャクリーンの最期の地になったのはアメリカのニューヨークであり、今もなお「ジャクリーン・ケネディ・オナシス」の名を惜しむ声は絶ちません。
栄光と絶望、そして運命に翻弄されたジャクリーンはファーストレディーだった頃、三連模造真珠のネックレスと当時ファッショナブルな着こなしのドレスは当時の人々の憧れと尊敬の的になり、真珠のネックレスは彼女の代名詞「大粒の真珠で作られた三連ネックレス」とまで言われる事となりました。
私がジャクリーン・ケネディ・オナシスに影響を受けてオススメできるネックレスはコチラ(左の写真)です。
ネックレスの長さは約167cm、一般的なネックレスの約4倍の長さとなっており、クリップタイプなのでお好きな位置で留めることができ、2連や3連はもちろん、金具を留める位置によって様々なアレンジを楽しむことができます。

みなみ
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