最近、私が撮影したルース(珠)の写真です。

この真珠の写真、撮影時にファインダー越しから見ているとホワイ
トチョココーティングをしたお菓子に見てきてとても可愛らしく思いま
した。いつもそんな風に思いながら写真撮影をしているわけではな
いのですが、愛着のある可愛らしいルースのご紹介でした。
このルースの詳細はコチラから
みなみ
カテゴリー: スタッフから愛をこめて
「真珠柄のティーカップ」
先日、神戸北野坂付近にある「北野珈琲」さんでオシャレなティー
カップを見つけました。
そのティーカップは柄がとても美しく、真珠と矢車菊がモチーフで白い
磁器に少し薄いグリーンの帯が延び、その上に描かれている真珠が
なんとも美しく、可愛らしいデザインになっています。

(珈琲を頂いたティーカップと同じ真珠が描かれたシリーズ「マリーアントワネットシリーズ」)
古くから続く喫茶店で気に入ったカップで頂くお茶は格別なものです。
ちなみに、自宅に帰ってから調べたところ、このティーカップはロワイヤル
・ド・リモージュ社製のマリーアントワネットシリーズだという事を知り、あ
らためてその時頂いたお茶の余韻を思い出しました。
みなみ
「緑の真珠 トルファン編1」
真珠を愛する私より、シルクロードの真珠にまつわるトルファンを
ご紹介いたします。
中国の新疆ウイグル自治区にトルファンと呼ばれる場所があります。
この場所は古くは2000年以上前から葡萄の栽培を行っており、緑豊か
な立地により、シルクロードの緑の真珠として称されてきました。

(トルファン市の東地区には広大に広がる葡萄溝)
この葡萄の栽培を古くから行っている場所、葡萄溝は厳しい環境の中で美
しく広がる畑で近くにある火焔山(かえんざん)や天山山脈の厳しさからは
想像ができないほど美しい葡萄溝がここを訪れた人たちに称えられたので
しょう。
~の真珠」シリーズ
・「北ドイツの真珠」
・「バルト海の真珠」
・「ドナウの真珠」
・「オリエントの真珠」
「シルクロード ~の真珠」シリーズ
・「シルクロードの真珠 敦煌編」
みなみ
「シルクロードの真珠 敦煌編」
中華文明の発祥地「中原」と西域諸国(ペルシャやローマ)との要衝で
あり、シルクロードの分岐点として栄えシルクロードの真珠と称えられた砂
漠のオアシス都市「敦煌」には世界最大の画廊といわれる仏教遺跡「莫
高窟」(ばっこうくつ)が有名です。

(世界遺産の莫高窟は今も大事に管理されているそうです。)
この石窟は4世紀~14世紀ごろに掘りぬかれたもので仏洞や壁画(フレ
スコ・セッコ技法)や塑像の仏像がある南区、僧侶や工夫などの住居で
あった北区の2区に分かれ仏教の発信地としても栄えていました。
しかし、シルクロードの衰退とともにこの「莫高窟」は忘れられた存在にな
っていました。1900年に石窟の中から中世の書物が何万点も見つかった
事で「莫高窟」は数百年の眠りよりさめ、当時の繁栄と知識の宝庫だっ
た事を現代に伝える貴重な世界遺産となりました。

(敦煌の周りには無数のオアシスがあります。:写真は月牙泉)
シルクロードを歩んでいた人たちには敦煌が水が豊富で文化に溢れてい
る様を称えて「シルクロードの真珠」と呼んだのもわかるような気がします。
みなみ
「オリエントの真珠」
真珠を愛する私より、世界各地の真珠にまつわる地域をご紹介させて
いただきます。
中東・西アジアの国シリアは旧約聖書の時代から続く文化や都市が今
も数多く残っています。隣の国レバノンの首都ベイルートから東に60Km
ほど内陸に入った地域にシリア・ダマスカスはあります。
古くは旧約聖書が書かれた時代から現代にも続く最古の都市の一つに
数えられる街で、アラビア半島やメソポタミア、地中海地域を結ぶ交易の
要衝として様々な歴史的支配を受けながらも、独特な文化形態を残し
ています。古くはローマ帝国にも支配された時代もありシリア属州として栄
えていました。そして、ダマスカスは世界一古くから人が住み続けている都
市としても知られています。

(巨大なスーク(市場)の入り口:古くはローマ時代の建築物や柱だそうです。)
この最古の都市は「オリエントの真珠」と讃えられ、長きに渡る古代都市
の歴史を誇りに現代も美しく壮麗なスーク(巨大な市場)とウマイヤド・モス
ク(西暦715年にウマイヤ朝に建てられたモスクで、イスラム教の第四の聖
地といわれています)が共存するなど、悠久の歴史を刻み続けています。

(ウマイヤド・モスクの内部:とても広く荘厳な雰囲気です。)
しかし、シリアも現在の中東情勢の中にあり、争いが起こらないとも限らず、
これほど美しい都市やそれを大切に残してきた人々の今後が危ぶまれます。
できればこれからも誇り高き古都市「オリエントの真珠」であってほしいもので
す。
「~の真珠」シリーズ
・「北ドイツの真珠」
・「バルト海の真珠」
・「ドナウの真珠」
みなみ
「オーストラリアの南洋に舞い降りる美しい星」
真珠を愛する私より、海と星にまつわるお話しと映像をお届けいたします。
私が最近見つけた動画で、オーストラリアの南洋の空を映したもです。
きっかけは真珠のお話を探していた時に、この動画に出会いました。
撮影者はオーストラリアの南洋に面した海岸で天体の微速度撮影した
映像だそうです。6日間の撮影映像を1年半の期間をかけて制作したそ
うです。
まるでオーストラリア南洋の海に、色とりどりの真珠(星)が舞い降りてい
るようでとても美しく、創造力を駆り立てられます。
みなみ
「帝国王冠とハノーバー真珠」
真珠を愛する私より、イギリス女王が用いる王冠にまつわるお話をお伝えしたいと思います。
ロンドンに宝物館「クラウン・ジュエル」という場所があります。
この場所はイギリス王室の宝物を管理、展示している施設で厳重な監視下の元で一般
展示しているそうです。
このクラウン・ジュエルにイギリス女王が公式行事で用いる王冠が展示されています。
ザ・インペリアル・ステート・クラウンと呼ばれる帝国王冠です。

(ザ・インペリアル・ステート・クラウンで使われている真珠はハノーバー真珠と呼ばれています。)
この王冠は女王が毎年開かれる国会開会式や公式行事の時に用いるそうです。
2800個以上のダイヤモンドはじめ、「第二のアフリカの星」といわれる317カラットのダイヤモ
ンド(元は3106カラットのダイヤモンドをカットして作られたっもので、アフリカの星シリーズと
呼ばれています。)、エドワード懺悔王から福音書記者ヨハネが所持していたといわれるサ
ファイア。スペイン王から黒太子に贈られたルビー。
そして滴型の大きな真珠、この真珠はエリザベス1世女王がイヤリングで使っていたのでは
ないかといわれており「ハノーバー真珠」と呼ばれています。
「ハノーバー真珠」はもともと教皇クレメンス7世がカトリーヌ・メディンチの結婚式の祝いに
贈った25個の真珠で作られたネックレスではというお話もあるそうで、それがエリザベス1世
に渡り、現在の王冠へとなったそうで、大変由緒正しい真珠だそうです。

(女王が身に着けているのが王しゃく、王冠、宝珠です。ちなみに王しゃくについているダイヤモンドが第一のアフリ
カの星、王冠についているダイヤモンドが第二のアフリカの星だそうでこちらも歴史がありそうな宝石ですね。)
この王冠を含め、イギリス女王が公式の場で身に着けるものを三種の神器と呼ばれ王冠
(紹介した王冠以外にもう一つあるそうです。)、王しゃく、宝珠だそうです。
そして、これまでのイギリス王についた皇帝達の王冠や宝石なども大英博物館などに展示
されており、こちらも多種の宝石とともに数多くの真珠が使用されているそうです。
長い歴史の中を歩んできた宝石や真珠がイギリス女王の頭上の上で光り輝く様は美しく
威厳に満ちていますね。
イギリスに行った際には一度は目にしたいものです。
みなみ
「昔から続く真珠と健康」
真珠を愛する私より、昔から続く、真珠の活用法についてお伝えした
いと思います。
真珠は遠い太古の時代から、宝飾品のみだけではなく、世界各地で
「健康を司るもの」として珍重されてきたそうです。秦の始皇帝が不老
長生の仙薬の一つ「珠」として愛飲していたことや、世界三大美女の
クレオパトラや楊貴妃は永遠の美のため、そして「帰納法」で有名な
哲学者のフランシス・ベーコンは記憶力の向上のため等、歴史上の
著名人が真珠(粉末)を愛飲した記録が数多く残されています。
日本でも長年にわたり使用された記録が残っています。先のブログ
でもふれた正倉院の宝物殿に真珠が保存されていることはあまりに
も有名です。江戸時代には、万病に効くと話題になった「真珠丸」や
目薬や軟膏薬として売られていました。また、新生児に初乳を与える
前に「珠のような綺麗な肌で、病気にかかりにくい元気な子に育つよう
に」と真珠末をなめさせる慣習もあったそうです。
また、中国、台湾などでは、現在でも年老いた親には健康維持とボケ
予防や子供には健脳と健やかな成長のために粉末真珠を飲ませる習
慣があるそうで、これは今でも永々と続いているそうです。

(真珠の粉が入ったふかひれスープ:薬膳料理だそうです。)
こうして見ると、今も昔も人は真珠の美しさをつけるだけでなく、漢方薬
や美容品として体に取り入れようとしていたんですね。人の健康にも役
立つ真珠は奥が深いですね。
みなみ
「虹の真珠」
真珠を愛する私より、ポリネシアの真珠に関する伝説のお話をお伝
えしたいと思います。
南洋ポリネシア地域の伝説に「虹から生まれた真珠」という伝説があ
ります。
伝説によると真珠貝は珊瑚の精霊「オカナ」と砂の精霊「ヴァロ」との
間に誕生した娘「テ・ウフィ」だといわれています。
このテ・ウフィはとても美しく、また容姿の美しさに負けないほどの色彩
溢れたローブを羽織っていました。その容姿の美しさと色彩溢れるロー
ブの評判は天界にいる神様達にも聞こえたそうです。
その神様の中で平和と豊かさを司る神様「オロ」は虹に乗り、真珠を
採って暮らしていた人を喜ばす為に真珠貝の精霊テ・ウフィに虹の真
珠をプレゼントしました。そして真珠貝の中でテ・ウフィが身に着けてい
たローブの色彩と「オロ」が舞い降りた際に持ってきた虹の真珠は、色
彩豊かな虹色の真珠に生まれ変わりました。
ポリネシアの人たちはこの虹の真珠を採りとても幸せになったそうです。

(虹の真珠伝説を知ると優しいさを感じられる美しさに感じます。
この真珠の詳細はコチラ)
この伝説を知って、私は南の国も人たちのなんて優しく温和な国柄や
民族性がとても伝わってきました。
それに、この伝説を知った事でタヒチ真珠の美しさは精霊と神様の贈り
物なんだと思えるようになりました。
「民話が残る緑の真珠と呼ばれる島」
真珠を愛する私から、気仙沼大島のお話をお伝えしたいと思います。
宮城県気仙沼市に大島と呼ばれる島があります。この島は作家の水上不二氏に
よって「大島よ緑の真珠であれ」と讃えられるほど美しい島です。また、京都市内や
石川県白山市でも見られる桜の一種で御衣黄なども自生しており、自然豊かな風
景と海の景色が特徴的です。

(まん丸で本当に緑の真珠のように美しい大島)
この島には日本昔話でも紹介された「みちびき地蔵」というお話が言い伝えられて
きました。このみちびき地蔵は島に実在するお地蔵さんで1770年代に祀られた記
録が残っています。
そんなお地蔵さんにまつわるお話はこうです。「ある母子が田植えの帰り道にみち
びき地蔵というお地蔵さんの前を通りかかりました。母子がそのお地蔵さんをしば
らく見ていると明日天国へ召されるようたくさんの魂が挨拶にきていたそうです。
その様子を家族に伝えたのですが、誰も信じてもらえませんでした。
次の日にその家族は潮干狩りに向かいました。今までに無いくらい潮が引いていて
家族は上機嫌で貝を採っていました。しかし次の瞬間、沖合いのほうから大津波が
やってきました。なんとか家族は高台に避難することが出来ましたが、同じように潮
干狩りにきていた村人や馬などが流されてしまいました。
家族はこの時、昨日みちびき地蔵にたくさんの魂が挨拶に来ていたのは大津波の
前兆だったのではと思い、それ以来みちびき地蔵には今でもお線香やお供えが絶
えないそうです。」このお話には続きがあり、古い村の書付にはこの時の災害のこ
とが記されているそうです。
(youtube 日本昔話「みちびき地蔵」より)
「緑の真珠」と讃えられる土地でさえ昔の災害や出来事をこうした民話という形で言い
伝えていた事はすごい事ですよね。
真珠のお話を調べている中で大島のお話を知りましたが、また昔のように美しく素敵な
島に復興される事を心より願っております。

